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『Drあんどうの What a wonderful life!』
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2009.07.28 Tue l 未分類 l コメント(16) トラックバック(0) l top ▲
さて、私の仏縁独り言も、いよいよ大詰めである。
最後に、もう一人、私が最大級の畏敬の念をもっている、親鸞聖人の生き様をご紹介して、終わりにすることにしよう。

親鸞といえば、
「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや、悪人をや。」
(善人ですら救われる。悪人が救われないことがあろうか)
の、悪人正機説があまりにも有名であるが、私はこの際、親鸞のちがう面に注目したい。

それは、彼が妻帯をした、初めての高僧である、ということである。

あの時代、坊さんにとっては、酒、肉食、女犯(エッチのことですね)は禁忌である。
(今とはえらい違いですね。)
それをやると、“生臭坊主!”といって、僧侶としての最低の評価を受けることは、100%分かっていることであった。

だが結果的に、彼は妻帯をし、子まで設けた。
親鸞の相談を受けたときに、法然が
“ユー、やっちゃいなよ”
と、言ったかどうか。

しかし、師・法然は、親鸞の身を案じつつ、結局Goサインを出したのである。

それにしても、これを弟子に勧める師もすごいが、やってしまう弟子もすごい!

繰り返すが、おそらく“命の保障はなくなる”状況であったろうし、当時の状況から言うと、妻子に被害が及ぶことも、容易に考えられた。
事実、道行く農民には、“くそ坊主”と罵声を浴びせられ、宿に着くと、なぎなたを構えた僧兵が、親鸞を害さんと待ち構えていたという。

では、親鸞は、何でこんな無謀なことを、好き好んでやったのか。

“仏教は、聖人君子や、荒行を積んだプロの僧のためにだけあるのではない。どんな人にでも開かれている。それが釈迦の教えのはずだ”
との信念からの、行動である。

自分だけではなく、家族までが危険にさらされる危険をものともせず、堂々と“妻帯”を宣言をし、
“俗人のための仏教”を貫いたのだ。

なんとすごい男ではないか!

私にはとても真似出来ない。
なぜならば、それは単に命があるなしの問題ではなく、末代までの不名誉になる恐れがあるからである。

それだけに親鸞の覚悟には、敬愛を超えた驚愕の想いを感じるのだ。


こんな素敵な生き様をした“漢(おとこ)”たちがいる仏縁の世界。

私の彼らへの、憧れと模倣の試みは、、まだ始まったばかりである。


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2009.07.22 Wed l あんちゃんの“人生熱語り” l コメント(0) トラックバック(0) l top ▲
般若心経のキモとなる、 “羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 ”は、サンスクリット語では、
“ガテー ガテー パラガテー パラサンガテー ボディスバハー”
となる。

前述したように、ここの解釈は十人十色。
しかし、私にはこれがサッチモことルイ・アームストロングの名曲、
「この素晴らしき世界 What a wonderful world」
と同じ響きを感じるのだ。
そう、このブログのタイトルにもなっている、あの言葉だ。
サッチモは生前、あの名曲について、こう語ったそうである。

「君達若い連中の中にはオレにこう言ってくる者もいる
 『オヤジさん、"素晴らしき世界"ってどういう意味なんですか?
  世界中で起こっている戦争も素晴らしいのですか?
  飢餓や汚染はどこが素晴らしいのですか?』

 だけど、このオヤジの言うことも聞いてみないかい

 オレには、世界はそんなに悪くない、と思えるんだ
 オレが言いたいのはね 
 世界は素晴らしくなる、そう思って行動すればってこと 
 愛だよ、愛。それが秘訣さ
 もっともっとオレ達が愛し合えば問題も減るし
 世界はとびきりいいところになるんだ

 それがこのオヤジのずっと言っていることなんだ」  “ある音楽人の日乗”より引用

“ガテー”とは、英語の過去分詞goneであり、ここから推測すると、
“来てる来てる。もうすでにきてる。すばらしい世界に来てる。素敵な世界に来てる。そう信じるものに幸あれ!”(安藤 新訳)
となるのだ。
これは私が、日本でサンスクリット語の第一人者の先生を訪ねて学んだ結論である。

悟りの境地(極楽浄土)はどこかにあるのではなくて、ここがそうである。
この,一見ひどく見える現世。しかしここを天国にしてこそ、意味がある。

ルイが生まれ育った、1900年代。
黒人がゆえに、彼は何度くやし涙を流したことだろう。
しかし、その彼が語るから、あの歌はすごいのだ。
ゆえに、あれは曲ではない。
魂の祈りである。

現代の般若心経。それが「この素晴らしき世界」なのだ。


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2009.07.17 Fri l あんちゃんの“人生熱語り” l コメント(0) トラックバック(0) l top ▲
“観自在菩薩般若波羅蜜多時・・・”で始まる278文字は、ご存知般若心経で、このお経だけは空海も最澄もなく、なぜか各宗派共通となっている。

私は幼少の頃から、法事で坊さんが読む般若心経の時間が、苦痛でしょうがなかった。
とにかく時間が長く、足がしびれる。
おまけに内容もさっぱり分からない。

しかし、空海に興味がわき、苦労して般若心経を覚えてみると、法事で読むお経にものすごい違和感を覚えたのだ。
一言で言うと、“息継ぎの場所がちがう”。
英会話や歌と同じく、ブレスを取るところはとても重要で、この位置がちがうと、本文の意味が通じなくなってしまうのではないだろうか?

その後、どうしても本物のお経が知りたくて、高野山に電話をして、公式CDも何枚か購入してみた。
これは、本家だけあって、さすがに息継ぎの場所はあっている。
しかし今度は別の違和感がある。

何というか、読む人が淡々とし過ぎているのだ。
このお経からは、何か感情のうねりのようなものを感じるのだが・・・。
とはいえ、おそらく日本にこれ以上の読み手はいないだろう。
とすると、ここからは自分で考えるしかない。

なので、まずはこの“般若心経”とは、どんなシュチエーションで書かれたものなのか、について考えてみた。

この物語の登場人物は、2ないし3人。
お釈迦さんとシャーリープトラー(舎利子)。
もし、シャーリープトラーに語っているのがお釈迦さん本人なら2人であるが、第3者が彼に語って、お釈迦さんがニコニコと笑って座ってながめているなら、3人なのであろう。
いずれにしろ、誰かが生徒としてのシャーリーに、“空”というものについて語っている。
私たちが、後輩やスタッフに教え、聞かせるように、例えを出しながら、伝えている。

“この世はあの世とひとつなんだ”
たったこれだけの事を、切々と、心をこめて説いている。

どうしても分かってほしい。
そんな心情が、文面からもれてくる。

そして、説明し終わった後、最後にくるハイライトが
“ギャーテーギャテー ハーラーギャテー ハラソーギャーテー ボージーソワカ”
( 羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶)
という一文である。

結論から言ってしまうと、この一文こそが、説教者の言いたかったことであり、あとはこの解説と思えばいい。

では、この文の意味はなんであろうか。
実は、ここが問題で、般若心経の解説書が10あれば、解釈も10あるといって良いぐらい、ばらばらなのだ。

事実、私がサンスクリット語の読み方を習った住職も、真言宗のひとつの宗派の事務局長をされている方であったが、
“この意味は何ですか?”
と問うた私に
“私なんかには、まだ分かりません”
とのたまったのだ。
70歳を過ぎた、地位ある住職が、である。

しかし、その後私のしつこい問いかけに付き合ってくれたおかげで、自分なりの解答が導き出せた。

しかも、これは私が長年考えていたことと、ほぼ同じ答えだったのである。


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2009.07.15 Wed l あんちゃんの“人生熱語り” l コメント(0) トラックバック(0) l top ▲
さて、その後しばらくして最澄が亡くなった。

この時期は、最澄が生きていたときですら、空海は日本の仏教会の第一人者として“君臨”していた。
なので、最澄が亡くなったあとは、ほとんど空海の“一人勝ち”の状態だったと言ってもいい。

最澄の弟子たちは、その状況によく耐えた、と思う。

しかし、しかしである。
さらに13年後、空海も亡くなったあと、一体どうなったか。
なんと、最澄の弟子たちが大活躍したのである。
逆に、空海の弟子はほとんど育たなかった。

有名どころでいうと、第3代天台座主の慈覚大師こと円仁、第5代座主の智証大師こと円珍。
他にも、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など、今日の仏教各派の宗祖は、ほとんど天台宗から出たといっても過言ではない。

ではなぜこんなにも、差がついてしまったのだろうか。

私が思うに、二人の志、仏教に対する熱い思いは同じだったと思う。

しかし、あえて言えば、空海は右脳派、最澄は左脳派。
しかも、空海は10年間も山野に伏し、荒行のレベルもハンパではない。
そして、常人ではたどり着けない高みまで、登りつめてしまった。

これは、現代に生きる私たちにも言えることであるが、すごすぎる人には、憧れはしても、とてもついていけない。
あの最澄ですら届かない人なのである。
弟子たちが、本気で追いつこうとしなかったとしても、無理はない。

空海の残した多大なる論文の中に、

「虚空盡き、衆生盡き、 涅槃盡なば、わが願いも盡きなん」 (弘法大師空海全集第六巻 性霊集)

という、有名な言葉がある。
現代語に訳すると、
「虚空がなくなり、人々もなくなり、さとりも尽きたならば、私の願いも尽きるだろう」
となる。

一方の最澄の残した文章はどうか。
一番有名な、“山家学生式”という、お寺の規律を書いたものから抜粋してみる。

「国の宝とは何物(なにもの)ぞ。  (中略)   一隅を照らす、これすなわち国宝なり」

「社会の片隅にあって、生きるべき道を照らしている。こうした人こそが、本当の宝なのだ。」と、最澄は言っているのである。

最澄の人生は、苦難の歴史の中にあった、と私は思う。
途中までは良かったが、空海と出会ったあとは、大きな挫折と、さらにそれに伴う弟子の離脱を経験。さらに併行しつつ、頑迷な奈良の僧たちと、激しい戦いを繰り返していた。
事実、命を懸けた論争の半ばで、体を病み、亡くなっているのだ。

自分で食を断ち、自分の意思で入定(亡くなること)した空海とは、優雅さが違う。

しかし、なのに、そんな状況の中においても、“一隅を照らす、これすなわち国宝なり”という、あの素直な文章が書ける、という人柄に私は惹かれるのである。

空海の文章は、すばらしい。
当時の中国でも、“最高”とお墨付きを皇帝からもらったのだ。
しかし、すべてにおいてひねりがある。

“ここに天才の限界がある”といっては語弊があるだろうか。

人生はあざなえる縄の如し(幸不幸は順番にやってくる、の意)。

この二人の巨人の生き様が、仏教同様に、私の胸を打つのである。


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2009.07.11 Sat l 未分類 l コメント(0) トラックバック(0) l top ▲