近頃勉強会に、カミさんを連れてゆくことが多い。
前回に書いたカミさん孝行の一つではあるが、人を成長させる早道の手段としても重宝している。
というのは、スタッフ教育も同じであるが、昔は私一人で勉強会に行っていた。
が、あるときその非効率さに気がつき、歯科の勉強会にはスタッフ全員で一緒にゆくことにしたのだ。
セミナー代金は医院で補助はするが、全額ではない。
にもかかわらず、みんな喜んで参加してくれる。
そういう医院をつくってきたし、その努力もしてきた。
あくまでもそのレベルのスタッフがいるという前提の話だが、勉強会はみんなで出席したほうがいい。
というのは、私一人だとどんなによい内容のセミナーでも、うちのスタッフには伝わらない。
下手をすると、“また院長が余計な仕事を持ってきた”と思われがちである。
今のうちならそんなことは無いかもしれないが、それでもやはりみんな気は重いだろう。
だって、ただでさえ忙しい毎日なのだから。
これ以上仕事が増えるのは誰だってかなわない。
しかし、全員で同じセミナーに行くことによって、スタッフの意思統一が計れるし、何より忙しい私が忘れても、スタッフのみんながちゃんと実行してくれる。
これほどありがたいことは無い。

カミさん連れのセミナー参加も、同じ理由である。
帰ってきて熱心に話をしても、私が妙に浮くことも無く、何よりも素晴らしい人達に生で触れることによって、妻に私の言いたかったことが勝手に伝わってくれる。
お金には代えられないこの効果は、私が同じことを100万遍言うよりも大きいのである。


2008.01.10 Thu l 熱語り l COM(0) TB(0) l top ▲
ミシュランをめぐっての報道がかまびすしい。
3ツ星をもらえたところはもちろん嬉しいだろうし、狙っていたのに外れたところの無念さは想像に難くない。あの“料理の鉄人”たちでさえ落ちたというミシュランのランク付けは、かなり難関なのであろう。
しかしちょっと待て、とあえて言いたい。
果たしてそれがすべてだろうか?
例えば私の懇意にしている小料理屋がある。
そこのマスターはもともと日本料理で修行した人で、小料理屋なのにかなりのものを客に食わせる。
“食わせる“とはお上品ではない言い方だが、本当にそんな感じなのだ。
ある時など、料亭とほとんど同じ味のものを10分の1の値段で出していた。
“なんでこんな安いお金で提供しているの?”
と問う私に
“この方がいいんだ。俺も客に好きなことがいえるし。”

誤解のないようにしたいが、このマスターは心のあったかい人である。
本音の人である。
がらっぱちだがファンが多いのは、このマスターの人となりを、地域の人達が認めているからであろう。
そういえば昔、料理の鉄人に出るよう勧める私に
“本当にすごい人は日本中にごろごろいて、絶対にあの番組には出ない。”
とも言っていた。
値段からして、素材は大したことないのだろう、と思う(ごめん!)。
しかし、出てくるもの出てくるものうまいものが多いのは何故だ?
厨房に入ってみて驚いた。
料理そのものに、驚く程手をかけていない。
というより、ほとんど何も手を加えないものもある。
なのにマスターがほんの少し手を加えるだけで、変哲の無い野菜が俄然美味しくなる。
私から見ると、プロというより魔法である。

ここには私の大切な人達は全員お連れする!と、決めている。
有名人や一流企業の社長たちも、仲良くなった人達は全員である。
いく時には“汚いところですから、ペーペー時代を思い出してください”といいつつ連れてゆく。
しかし、例外なく“ここうまいですね”という言葉が出、そのたびに私はほくそ笑み、彼に向かって言う。
“マスター、料理うまいって!”
これが、私が彼に贈る“三ツ星”なのだ。
庶民の味方である、彼の素晴らしい人生を、私なりに称えたい。
自分で断固そう決めているのだ。

え?このお店どこか知りたいって?
OK。このブログの読者だけに秘密で教えよう。
店の名前は“らく“という。東中野の駅の近くである。
しかし、読者の皆さんは別として、むやみやたらには広めないでいただきたい。
落ち着いて納得のいく仕事をするのが、彼の流儀だからである。
2007.12.01 Sat l 熱語り l COM(0) TB(0) l top ▲
ある講演会を聞いて・・・4つの魂が交差した瞬間

今日は、友人の招待で、講演会に参加してきた。
普通は、講演会は必ず自分でお金を出して参加をするのだけれど、私の大好きな仲間がせっかく誘ってくれたので、ありがたくご招待を受けることにした。
また、そのセミナーの演者の一人はかねてからの知り合いであり、もう一人は当日紹介してくれるとのことで、そのお二人に会うのも楽しみに行ってきた。
今まで“成功する為のセミナー“には散々出席してきた私にとって、正直内容はあまり期待をしてなかった部分もある。
が、ところがどっこいきっちょんちょん(この言い方古い!)。
案に相違して、ものすごく面白かったのである。
いや、久しぶりにノートを取りつづけた1日であった。
この日の講師は、
株式会社新規開拓:朝倉千恵子氏
ザ・ホテル・リッツカールトン日本支社長 :高野登氏
ワニ・マネジメント・コンサルティング:和仁達也氏
株式会社ペリエ:和田裕美氏
の4名の方々である。
5時間にも及ぶ、内容のぎっしり詰まった内容の講習会だったので、ここではとてもレジュメに書くことはできない。
しかし、これは、というトピックにしぼって皆さんとシェアしてゆきたいと思う。

株式会社:新規開拓
朝倉千恵子氏。
氏は現在、トップセールスウーマンだった自分の経験を生かして、トップセールスレディ養成塾というのをおこなっている。
実は、氏の社会における最初のキャリアは、小学校の先生だったそうだ。
当時、教師という職業を選択するに当たって、心に誓っていたことがあったとのこと。
それは、
“自分の生徒から、絶対に落ちこぼれをださない”
という事であったそうだ。
“生徒はみんな必ずできる。時間をかければ必ずできる!“
この信念を胸に、全員が100点取れるまで補講を続けたとのこと。
そして、みんなが100点を取れるようになったある日のこと。
生徒が泣きながら昨日の母親との会話を氏に伝えにきた。

“その100点何回目にとったん?”
”10回目や“
“なーんや。10回目か。そんなにかかったんか。”
これを聞いて、モーレツに腹が立った氏はすぐに親のところへ電話をし、子供をがっかりさせた親に抗議して、
“次回から100点を見たら無条件で子供を誉めること”
を確約させたそうである。
その後、結婚、2人の子供の出産をへて、離婚した氏は、食べる為に仕事の世界にのめりこんでゆく。
35歳からの旅立ちであった。
取引先の社長から、
“朝倉さんね。お金を追うんじゃない。仕事を追いかけなさい”
とアドバイスを受けたり、付加価値の大切さを教えてもらった彼女は、日常の“取るに足らない”と認識されていることを徹底しておこなうことにする。

“いままで初めてのところをアポなしで訪問しても、門前払いは1度もありませんでした”
と豪語する氏であるが、その秘訣は、
“挨拶をする。“
“名刺を渡す“
この2つに徹底してこだわってみただけ、だそうだ。
“当たり前のことを非凡にやる“能力こそが、彼女の真骨頂であろう。
このことを会場でも姿勢や挨拶などの実習をつうじて実証して見せた。
教師時代のひたむきさを武器に、“人の琴線に触れる会話ができる“ことと、鋭い観察眼が印象づけられた講演であった。      


ホテル・ザ・リッツ・カールトン 日本支社長
高野登氏。
氏は、日本で始めてのホテルスクールの卒業生であるが、卒業旅行でアメリカへ行ったときにアメリカの底力や解放的な風土に魅せられてしまった、という。
“なんとかこの国で、自分の居場所を見つけてみたい・・・。”
氏の素晴らしいところは、自分がそう思うと自分で
“そう決めてしまう“
ところであろう。
この後公演中、このフレーズが何度も出てくる。
しかし、氏のひたむきな向上心は、天使をこちらに向かって微笑ませることができる不思議な力を持つ。
その後、色々な人との不思議な縁や、仕事上の変遷を経て、ニューヨークにある1流ホテル
“プラザホテル”
に入社する事になるのだが、入社前にそこを訪れた氏は、その雰囲気に感激してしまう。
“堂々としているのだけれど、押し付けがましくない。そして、みんな誇りを胸にはたらいている”
ここで働きたい!と強く思う高野氏。
しかし、その前に英語の壁が立ちはだかる。
ボランティアの協力もあって、英語の壁を突破したのち、まるで何かに引っ張られるようにプラザホテルへ無事入社。大活躍。
その後、もう一つのホテルを経て、リッツ・カールトンにたどり着くのである。
その時のエピソードがまた泣かせる。
もとのホテルのオーナーがリッツの社長あてに
“私の日本人の息子が行くのでよろしく”
と手紙を送っていてくれたのだそうな。
高野氏にはまったく知らせずに、である。
氏の話を聞いていると、人に愛される人生を送っている。
人に愛され続けて道が開けてゆく。
そう。
デールカーネギーが言っているように、道とは開くものではなく、
“開ける”
ものなのだ。
そのお手本を見せてもらったような、味のある素晴らしい講演であった。


ワニ・マネジメント・コンサルティング
和仁達也氏
氏の現在の本業は、コンサルティングというジャンルに分類されるが、異色のコンサルタントである。
私が彼を知ったのは、ある友人が本を紹介してくれたからだが、その内容に私は釘付けになった。
簡単に紹介すると,“オープン・ブック・マネージメント”という、経営をガラス張りにしての全員参加型経営と、数字が分からない経営者のための“脱、どんぶり経営”の2本立てである。
ここでは詳しく書かないが、このトピックは経営者の泣き所を見事についており、私も早速仕事を依頼した次第である。

それはともかく、ここでは、経営者ではない一般の人でも応用できる内容が多々あったので、それを紹介させていただく。
まず、氏のメモ術の紹介があったのだが、これが秀逸である。
ポストイットとペンを常備しておき、それを日付のあるものは手帳へ、日付のないアイデアの類はA4のノートに貼り付けてゆく。
私なども“メモ魔“と、昔から言われてはいたが、せっかくのアイデアが埋もれてしまうじれったさがあった。
ポストイットなら書き写す手間も省け、貼るだけでよい。
本を書くときのアイデアはこれで自然に生まれる、とのことであった。

その後は夢の実現の仕方について、熱のこもった講演があった。
氏の特徴は、とにかく書き出すこと。
今の自分から10年後、なりたい自分を書き出す。
そして、今の段階では何が足らないのか。
これも書き出す。
後、自分の軸がぶれない為に、ミッションややりたい理由も書いて貼る。
これも苦しくなると、どうしても人間軸がぶれ始める。
それを予防する為にやる。
しかし、イメージが描けても、その先は成功する人と成功できない人に分かれる。
それがプラス思考を持てる人かどうかだと、図を描いて上手に説明されていたが、筆者も思うに、人間イメージを持ち続けることが、一番難しい。
継続より難しいものは無いのだ。

私が非常に感心したのは、
“今も控え室でアイデアを出していました。こんな素晴らしいエネルギーの講演会にいる。
これを利用しない手はないですからね。“
と明るく述べていたこと。
常にどんな状況でも、周りを活用する事を忘れない。
学ぶところが多々あった講演であった。


株式会社ペリエ  
和田裕美氏
熱の入った御3方の最後で、非常に大変だとボヤキからはじまったが、どうしてどうして。
人生にショルダータックル!とでも言えば良いのか、泥臭くも熱いトークを繰り広げてくれた。
氏の名前を有名にしたのは、ブルタニカという英国の英会話の教材販売で、世界第2位になったからである。
が、その前は、普通のOLだったそうだ。
しかし、何かがやりたくて、OLをやめてしまった。
その後10社うけて、採用してくれたのが、ブルタニカただ1社だったそうだ。
最初はまったく商品を売ることが出来ない氏に、上司が言った。
“能力の差は考え方の差だ。成功したから学ばないと、ダメだ。”と。
それから氏は、
“陽転思考”
というところに行き着いた。
これはプラス思考に似ているがすこし違う。
落ち込んだり、泣いたり、怒ったりを自分自身できちんと受け止めて、その後高速で気分転換を図る方法である。
“例え10人のお客さんに断られた後でも、引きずってはならない。目の前のお客さんは、今のあなたしか知らないのだから”
と氏はいう。
また、古来不変の法則である、
“成功する人は、失敗を経験と呼ぶ”
ことも、率先して実践しているそうだ。
彼女が特に自分でくせ付けていることは、ひとつの山を越えそうだと思ったら、次の山を見ること。
そうするとワクワクが続いてゆくから、飽きないんだそうだ。
また、もう一つのくせ付けが、
“毎週絶対に1つの商品は売ろう”
と自分で思い、それを続けたこと。
他の人のように、1位を狙うのでもなく、短期の売上を目標とするのでもない。
継続して売り続けること。
これは52週連続の新記録となり、いまだ破られてないとのこと。
しかし、これをはじめた時はあくまで自分自身への挑戦であり、約束であった。
それが、最初の流れをつかむと次々と達成できたとのこと。

と、駆け足で4人の講演のダイジェストを御紹介したが、“夢の実現の仕方“は4人ともシンクロするところが多かった。
いや、今まで言われ続けてきたセオリーを忠実に実践しているというべきか。
4人に共通する“夢の実現の仕方”を私なりにまとめてみよう。

まず夢を心に描く。
次にそのイメージが強くなるような工夫をする。
書いて張り出したり、宝地図を作ったり。
また、夢に日付をいれるのもそう。
次の段階は、その人の人間性が明暗を分ける。
明るく、心がけの良い人は、人を呼び寄せ、その人がチャンスを持ってきてくれる。
そのチャンスに感謝しつつ、頑張って取り組む。
それが実績となり、次の道が開ける。
加速度がつき、最後に夢にたどり着く。
そして次に、また新たな夢ができる。

いかがであろうか。
私は久しぶりに楽しく、エネルギーのある講演を受講して満足であった。
エッセンスが少しでも拙文から伝われば幸いである。


2007.08.19 Sun l 熱語り l COM(0) TB(0) l top ▲
歯科の面白さ

そもそも、歯科という仕事は何が面白いのか。
これが全く分からないというか、ピント来ない人も多いと思う。
わかる!
大変良くわかる!
何故なら学生時代の私も、まったく持ってその一人であり、歯医者という仕事につくのが少しも嬉しくなかった。
虫歯を削ってつめるだけ(私の時代のことです)。

コノシゴトハホントウニイミガアルノダロウカ・・・

学生でいる間は、その意味を知ることは出来なかった。
言い換えるとこの質問に答えてくれる先生や先輩はついぞいなかったのだ。
一番多かったのは、うんうんと悩みを聞いてくれた挙句
“出来たら歯科と言う仕事を早くやめたい。やめて旅行でもしたい”
という正直極まりない意見であった。
何なんだ、この仕事は・・・。
結局、みんなこの仕事を愛していなかったのだ。
いやいややる仕事ほど面白くない物はない。

結局自分で出した答えは、
“お金を稼ぐ為にだけ歯科という仕事をやる。
そして、趣味に没頭しよう。“
というものであった。
学生時代、趣味のダンスに留年までして打ち込んだ私は、そう心に決めた。
大学生活は楽しかったが、それはあくまで友人に恵まれたり、浪人と違う自由を満喫していた結果であり、歯科という仕事にはどんどん興味が薄れてきた。
大学の先輩や先生達が、医者に深いコンプレックスを抱いていると知ったのも一因であるかもしれない。

それがどうして歯科の伝道師のようになってしまったのか。
ひとつは海外へ勉強に行って、歯科と言う学問の深さを少しは知ったこと。
熱心な先生と多数出会えたこと、がきっかけになったことは確かである。

でもこれだけでは、まだ面白いとまではゆかない。
次に咬み合わせと全身(特に不定愁訴)や顎関節症の関係を知ったこと。
これはかなり大きかった。
というのは、咬み合わせは医者にはわからない。
例えば肩こりでも、歯科医師の場合は、半分ぐらいの確立で、肩こりの減少なり消失なりをする事ができるが、医者は対処療法しかできない。
私はこの研究を一歩進めて、音声と歯のかかわりを世界にひろめたい。

しかし、まだまだ。
歯科の面白さはこんな物ではない。

では、ここで視点を変えて、歯科医院の院長の仕事にはどんな物があるのか見てみよう。
まず、
1技術者
これは、職人と言ってもいい。歯科の中で、偉いかどうか、または評価はほとんどこれに関してのものである。

2研究者
近年、エビデンスが言われ始めて脚光を浴びてきた。本来は1技術者とセットであるはずである。

さて、ここまではいままでの院長である。むかしのタイプといっていいかもしれない。
しかし、今からは違う。
以下、私の思う院長を列挙してみる。

3芸術家
すべてそうかもしれないが、特に、前歯のポーセレン、総義歯、咬合が私にとっての芸術である。
例えば前歯のポーセレンは、美術と彫刻である。
これらは一人一人のスマイルラインや顔貌にあわせ作るため、本当に個展をひらきたくなるぐらいだ。
患者さんのはじける笑顔が心にしみる。
冥利につきる瞬間である。

4リーダー
皆に夢を与えること。
熱く自分の思いを語れること。
ビジョンを自分が描き、皆にも描かせられること。
これは、当然ながら自分になければ人には伝えられない。
リッツカールトンを目指すのも、プロの集まりであり、楽しい医院を目指すのもこのビジョンの共有からはじまる。

5教育者
歯科はチーム診療である。自分だけ例えばプレパレーションがうまくても、何にもならない。
衛生士のスケーリングや印象の技術。
又は技工士の精度とアートを兼ね備えた技工物がなければ、意味が無い。
おなじく受付がぞんざいな態度をとるなどはもってのほかである。
それらはすべてトップである院長の責任である。

6マネージャー
医院をつぶしてはならない。
どんなにいいことをしようが、志があろうが、つぶしてはすべてがパーである。
計算ができること。脱、どんぶり。

と、こんなところであろうか。
私が歯科を面白いというのは、
1.技術では、いままであったはずのものも、芸術品として付加価値をつけることができること。
2.ホスピタリティに関してはまったくの手つかず状態である事
3.咬み合わせには無限の可能性がある事
4.スタッフと新しい歯科の形を創造してゆけること
である。
とはいえ、お金と車と女性にしか興味が無く、それ以外のことには
面倒くさい
としか思えないひとにはまったく無縁のことだとおもう。
やはり楽してもうけたい、努力はしたくないという人には、私の生き方は向いてない。
と、思う。
人にはそれぞれタイプがある。
が、苦労した分だけ喜びは大きいし、乗り越えた壁の分だけ言葉は深くなる。
私と同じ感性の人は、ぜひチャレンジしてみて欲しい。
人生が何倍も楽しくなりますから。
私はこれらの事を、今後深く掘り下げることに、歯科の明るい未来を感じるのである。
2007.08.15 Wed l 熱語り l COM(0) TB(0) l top ▲
歯科界の温度                                 

なぜ歯科界には、自分の仕事や生き様について、魂をこめてかたれる人が少ないのだろう?
“医療の常識は、世間の非常識“とは、よく聞く言葉である。
しかし、同じ非常識でも医科の世界と歯科の世界では明らかに違う。
なんというか、志の部分で歯科とはまるで違うのだ。
私なりの解釈はこうである。
歯科も医科も4割は同じである。
“親が歯医者だから歯科医になった。”
“親が医者だから医師になった。”

あと3割も同じである。
主に国立系であるが、成績が良くて先生から
“お前、医学部でも受けてみたらどうだ?”
同じく
“お前、私学部でも受けてみたらどうだ?”
と言われて、何たるかもわからず来てしまった。

問題はあとの4割である。
医学部の場合は、ブラックジャックにあこがれて、もしくは親が病気でと、理由は何でもいいが、
“医者になりたくてなった奴!”
であり、歯科医の場合は
“医者になれなくて仕方なく歯学部に来た奴”
なのだ。
医学部のばあいはこの4割が業界を引っ張り、後輩たちに夢を与えている。

なぜ歯科はこんなにつまらないのか・・・。
その答えの一つが上記の私の解釈である。
言いかえると
歯医者になりたくて、歯科が好きで好きで歯科大学に入学した人はほとんどいないのだ。
これでは熱く語れといわれても、出来るはずがない。

しかし、冗談じゃない。
実は歯科ほど面白い分野はないのだ。
私が最初に知った面白さは、海外に勉強に行き始めた平成2年ぐらいであった。
研修そのものではなく、そこに来ている先生の意識の高さに驚いた。
よーし、負けまい!としてその後がむしゃらに学ぶ原動力となった。
次に知ったのはかみ合わせである。
咬合で不定愁訴のかなりは軽減することが出来るし、新しい分野である発声との関係を調べる研究は、工学部と組んで進めている。
特にかみ合わせの分野は、絶対に医者にはわからない。
咬み合わせが分ると同時に、学生時代に大学の先生から受けた影響の、医者へのトラウマも一掃された(やった!)。
また、サービス業としてのレベルも手付かずといってよいほど未開の地でもある。
本当は、ホテル業と同じぐらいのレベルを目指すべきなのだ。

これらの事を追求してゆけば、まだまだというか、歯科はこれからの業界なのである。
将来が暗いくらいと言ってる人は、それは暗いだろうと思う。
何故ならば、未来は自分の思いでデザインをするものだから。
きっと常々言っている通りになれるとおもう。
だから、若い君たちは未来を信じて突き進んでほしい。
私が“歯科は絶対に明るい”というのを証明してみせるから。

ただ、勘違いしてほしくないのは、甘い仕事などというものはこの世に存在しない、ということ。
歯科に甘さを期待して入った人に対して、私は語る言葉を持っていない。
人生を海に例えるならば、どこの海の水も塩辛いのは当たり前。
仕事で楽をしようとする人は、甘い海水を探しているひとに似ている。
楽しいのと楽をするのは、正反対のことである、と知ってください。

楽するのではなく、歯科を楽しいところにする。
また、後に続く人にも夢を持たせたい。
そのためには、必ずADCを(安藤歯科クリニックの略です)他のサービス業のトップと互角以上にする。
それが、業界発展のためになると思うからである。
2007.08.05 Sun l 熱語り l COM(0) TB(0) l top ▲