先日、生まれてはじめて伊勢に、お参りする機会に恵まれた。
土、日とあって、伊勢はさすがに大人気。
ものすごい人の数で、お参りと言うよりはむしろ観光スポットという趣で、これでいいのか?と言う気持ちであったが、それはそれ。
人それぞれであると、思いなおした。
それにしても、ざわざわしていて、“気“を感じにくかったこと。
気功を長年やっている私は、神社で気を頂くのを楽しみにしているのだが、今回は精神統一が難しかった。
が、伊勢自体のエネルギーは大変なもので、さすがに昔からナンバーワンといわれるだけの事はあると、逆に伊勢の神様の、懐の大きさに感心もした。
ところで、その帰りの名古屋で感じたことをひとつ。
なにか地域の名産を食べたい!と思い駅弁を買おうと思ったのだが、新幹線の時間が迫っていて、まともなところでは買えそうもない。
仕方がなく、最も普通の売店で購入するはめになった。
結論から言うと,“もう何でもいいや!”と思って買った天むすが抜群にうまかったのである。
パッケージもなんてことはない、ひなびたデザインだし、客に期待を抱かせる物等何もない。
なのに何故?
私の出した結論は“こころ”である。
商品に心を入れられるかどうか。
この、日本が狭くなった現代なら、形ならすぐ伝わると思う。
しかし、作る人の誇りやプライド。
お客さんを喜ばせてあげようという、意気込みまでは伝わらないのではないか。
そう思った。
考えてみれば、これだけ長年教育を受けて、教材や学校があふれている英語でさえ、話せる人は少ない。
おそらくこれも、“英語が話せなくては死んでしまう“状態なら、1ヶ月で国民全員が話せるようになると思う。
やはり伝えるべき一番大事なものは、“こころ”なのだ。
そして、一番伝わりにくいものも、“こころ”なのだ。
そう教えてくれた、一日であった。


