つい先日あるお寺を訪ねた。般若心経のサンスクリット語での疑問を尋ねるためである。
最初にお断りをしておくが、私は特定の宗教団体とは一切関係がない。
実家は空海さんのお膝元(というか、生まれたところ)なので、宗派は真言宗であるが、
さほど熱心にやっていたわけではない。
というか、私にとってのお経と言えば、お決まりの法事に聞くぐらいで、足がしびれるのを我慢するただただつらいものであった。

しかし、ここ数年(これも年齢のせいか)、古きよきものに俄然興味を覚え、日本神道の祝詞、キリスト教の主の祈りや般若心経を毎日唱えるようになった。
年に4回は、神社めぐりもしているので、相当はまっている方なのだろう。

そんな凝り性の私なので、お経に関しても出来たらサンスクリット語で唱えたい、と思って勉強してみたのである。
ひととおり自分でも覚えてみたのだが、英語の様に“リエゾン(発音がつながること)”して発音しているものや、文法上の規則がわからず、これ以上はどうしても進まない。
というわけで、専門家に聞く必要があったのだ。

とはいえ、今回般若心経に特化して時間を使ったことにより、分かったことがひとつある。
それは、“般若心経は生きている!”ということである。
このお経は、観音様がシャーリープトラー(舎利子)に法の秘密を言って聞かせている。
それもせつせつと。
こんな大事なことをただで教えてあげてよいのか!!
と、私などは驚いてしまう。
おそらく空海さんが唐まで行って求めてきたのは、まさにこの内容を体感するためであっただろうし、通常これは“秘伝“として一子相伝にするぐらいの内容であろう。
それを、誰でもただで手に入れることが出来るのだから、すごい時代である。
しかし、それに伴ってありがたみも忘れられたのであろう。

結論。
般若心経はすごい内容である。
キリストの祈りや神道の祝詞をも包括している内容だと言えばよいであろうか。
このすごいものを使わない手はない。
サンスクリット語ではなくとも、我々が知っている漢文で書いた般若心経で充分である。
是非写経や読経で波動の良さを感じていただきたい。
そして、人生に生かしていただきたい、と切に望む次第である。
(ちなみに、検索すると、高野山などからCDが出ています。
最初はこれを聞くと良いかもしれません。)
2008.03.10 Mon l こころの話 l COM(0) TB(0) l top ▲

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